市田ひろみ夫はおらず独身だった?子供や学歴経歴についても徹底調査!

市田ひろみ夫はおらず独身だった?子供や学歴経歴についても徹底調査!エンタメ
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今回は、市田ひろみ夫はおらず独身だった?子供や学歴経歴についても徹底調査!と題してお届けします。

2022年8月7日、緑茶のCMで話題を呼ぶなど、「京女」を体現する俳優としても活躍した、京都市在住の服飾評論家、市田ひろみさんが亡くなられた事が報道されました。

亡くなられたのは、8月1日、急性呼吸不全のため京都市上京区の病院で最期を迎えられたようです(享年90)。

俳優、服飾評論家と、多方面で活躍された、市田ひろみさん。

では、市田ひろみさんに夫はおらず独身だったのでしょうか?

子供の存在や、学歴経歴についても徹底調査していきます。

 

市田ひろみ夫はおらず独身だった?

ここでは、市田ひろみ夫はおらず独身だった?と題してお届けします。

8月1日に亡くなられた、市田ひろみさん。

市田ひろみさんに夫おらず、独身だったのでしょうか?

 

市田ひろみさんの夫はいる?

調べたところ、市田ひろみさんに結婚歴は無いことがわかりました。

ですので、夫はいなかったということになりますね。

亡くなられるまで、独身だった事がわかりました。

和服姿で京言葉でお話されていた姿を見ていると、いかにも良い奥さんと言うイメージだったのですが、ご結婚はされていないようです。

 

市田ひろみさんの若い頃は?

 

 

 

ハーフのような目鼻立ちのはっきりした顔で、本当に綺麗な方ですね。

俳優として活躍されていた頃を知りませんでしたが、一度見たら忘れないようなインパクトのある女性です。

 

市田ひろみさんのCMは?

 

このCMは記憶にある方が多いのではないかと思います。

「粗茶、粗茶」のセリフはよく覚えています。

 

 

最近は、過去の映画のリバイバルが多く、こんなシーンを観られた方も多いかもわかりません。

 

市田ひろみの子供や学歴経歴についても徹底調査

ここでは、市田ひろみの子供や学歴経歴についても徹底調査していきます。

結婚歴が無く独身だった、市田ひろみさん。

子供の存在はどうなのでしょうか?

また、学歴経歴についても徹底調査していきます。

 

市田ひろみさんの子供は?

先程もご紹介しましたが、市田ひろみさんはご結婚されていません。

報道でも、葬儀・告別式は近親者で4日に済ませ、喪主は弟・昌生(まさお)さんであったとの記述がありましたので、お子さんもいらっしゃらない事がわかります。

ここでも思いましたが、良い妻・良い母親のイメージが強い、市田さんだけに意外でした。

 

市田ひろみさんの学歴経歴は?

市田 ひろみ(いちだ ひろみ)

生年月日:1932年7月10日
没年月日:2022年8月1日
出身地:大阪府大阪市大正区
身長:158cm
血液型:A型
学歴:京都府立大学女子短期大学部、国文科卒業
職業:日本の服飾評論家、エッセイスト、女優、タレント

京都の方だと思っていましたが、出身は大阪府でした。

これは意外でしたが、京都での生活が長かったんですね。

服飾評論家の印象が強いですが、過去には女優、そしてエッセイストとして多くの著書も出されています。

また、政治活動も行われており、

  • 新しい歴史教科書をつくる会理事
  • 美しい日本の憲法をつくる国民の会代表発起人(日本会議関連団体)

も務められ、親学の普及につとめ、選択的夫婦別姓や男女共同参画などに反対されていたようです。

 

  • 1945年:小学校時代を中国・上海で過ごし、帰国後は京都で暮らす
  • 1951年:京都市立堀川高等学校、卒業
  • 1953年:京都府立大学女子短期大学部・国文科、卒業
  • 1953年:ヤンマーディーゼル、入社、技術部長の秘書を務める
  • 1956年:大映京都、入社
  • 1956年:映画デビュー
  • 1961年:美容師となり、、京都ホテルで美容室を開業、服飾評論家の傍ら、自らが主宰する「市田美容室」の社長を務める
  • 1968年:京都西陣の織屋からの依頼を受け、衣装を収集するためヨーロッパ11か国を旅行し、世界の民族衣装の収集・研究を行う
  • 1993年:サントリーの緑茶のCMに出演、CM大賞受賞
  • 2001年:平成13年度「現代の名工」に選ばれる

 

本当に、幅広い分野で活躍をされた方ですね。

秘書から映画デビュー、そして美容師と才能あふれる女性であったのがわかります。

 

まとめ

今回は、市田ひろみ夫はおらず独身だった?子供や学歴経歴についても徹底調査!と題してお届けしてきましたが、いかがでしたか?

亡くなられた市田ひろみさんには、結婚歴が無く、独身だった事がわかりました。

子供については、結婚歴が無いこと、葬儀の喪主を弟の昌生さんがされていたとのことで、いらっしゃらなかった事がわかりました。

学歴経歴ついても徹底調査を行いましたが、服飾評論家の、女優、そしてエッセイストと、幅広い分野で活躍されていたことがわかりましたね。

私自身、女優として活躍された姿はリアルタイムで観ていなかったので、若い頃からとても綺麗で品のある女性ということを知り、驚きがたくさんありました。

出演された映画作品はもちろん、服飾評論家として執筆・監修された沢山の著書は、今後も多くの方に影響を与えていくと思います。

ご冥福をお祈り致します。