間宮祥太朗球速139キロは嘘?野球経験や中学で辞めた理由を徹底調査! | 紆余曲折
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間宮祥太朗球速139キロは嘘?野球経験や中学で辞めた理由を徹底調査!

間宮祥太朗 球速139キロは嘘?野球経験や中学で辞めた理由を徹底調査! エンタメ
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今回は、間宮祥太朗球速139キロは嘘?野球経験や中学で辞めた理由を徹底調査!と題してお届けしていきます。

2022年、3月13日(日)午後1時55分から放送の『奇跡のバックホーム』

脳腫瘍の為、将来を嘱望されながらも引退、2023年7月18日に脳腫瘍の再々発で亡くなられた元阪神タイガース・横田慎太郎さんの選手人生を描いたドキュメンタリードラマでした。

このドラマで、主人公である横田慎太郎さんを演じた、間宮祥太朗さんが話題となりましたね!

ご本人も野球経験がある間宮祥太朗さん、プロ野球の試合での始球式も務められています。

その時に出した球速139キロが嘘なのでは?という噂があるのですが、実際はどうなのでしょうか?

間宮祥太朗さんの野球経験や、大好きだった野球を中学で辞めてしまった理由についても徹底調査していきます。

 

間宮祥太朗球速139キロは嘘?

ここでは、間宮祥太朗 球速139キロは嘘?と題してお届けします。

プロ野球の始球式で球速139キロの球を投げた間宮祥太朗さん。

この球速は嘘だったのでしょうか?

 

間宮祥太朗のプロフィール

間宮 祥太朗(まみや しょうたろう)

本名:馬渡 祥太朗(まわたり しょうたろう)

生年月日:1993年6月11日(28歳)

出身地:神奈川県横浜市

身長:179cm

血液型:O型

趣味:ギター、映画鑑賞、音楽鑑賞

特技:野球

所属事務所:トライストーン・エンタテイメント

身長が179cmとテレビで観るより高いイメージです。

プロフィールにもあるように、特技は野球なんですね!

オフの日には草野球もしているのでしょうか?

 

間宮祥太朗が投げた139キロの球は嘘?本当?

今でこそ、メジャーリーグの大谷翔平投手、千葉ロッテの佐々木郎希投手が当たり前のように160キロ以上の速球を投げますが、139キロの球を投げれるというのは相当なものですよね?

やはり、間宮祥太朗さんが、始球式で投げた139キロの球は嘘なんでしょうか?

 

この動画は、2019年7月に行われたプロ野球「阪神タイガース対横浜DeNAベイスターズ」のファーストピッチセレモニーの時のものです。

本番での投球も凄いのですが、練習の投球を見ていても体の使い方がスムーズで、無駄がないですよね。

球場によってスピードガンの計測方法が違ったり、高めの球、低めの球で計測が変わったりするとの噂もありますが、この投球は139キロ出てますよね!

間宮祥太朗さんが投げた139キロの球は嘘ではないかと言われていましたが、動画を見る限り本当のようです。

ちなみに、現時点での芸能人球速ランキングは、

  1. 高岸宏行(ティモンディ):143km/h
  2. 間宮祥太朗:139km/h
  3. 樽美酒研二(ゴールデンボンバー):135km/h
  4. 関口メンディー(GENERATIONS、EXILE):133km/h

高岸宏行さん(ティモンディ)は、済美高校のレギュラーでプロのスカウトも来ていた有名選手。

樽美酒研二さん(ゴールデンボンバー)は、高校に野球推薦で入学した実力者。

関口メンディーさん(GENERATIONS、EXILE)も、小学校時代には全国準優勝をし高校まで野球を続けた経験を持っている。

この経歴を見ていくと、間宮祥太朗さんが、中学で野球を辞めているにも関わらず記録した139キロは驚きですね。

これほどの実力がありながら、なぜ中学で野球を辞めてしまったかは次でお話をしていきます。

 

間宮祥太朗の野球経験や中学で辞めた理由を徹底調査

ここでは、間宮祥太朗の野球経験や中学で辞めてしまった理由を徹底調査していきます。

プロ野球の始球式で139キロの球を投げた間宮祥太朗さん。

これまでの野球経験はどのようなものなのでしょうか?

また、実力がありながら中学で辞めてしまった理由についても徹底調査します。

 

間宮祥太朗の野球歴は?

芸能界No,2の速球を投げた間宮祥太朗さんですが、過去の野球経験はどうだったのでしょうか?

 

小学校時代

小学1年生から間宮祥太朗さんは野球を始めました。

子供の頃の夢は「プロ野球選手」だったようです。

チーム名は「野毛オールスターズ」、間宮祥太朗さんが通う横浜市立本町小学校の生徒が多く所属する少年野球チームです。

肩の強さを買われた間宮祥太朗さんの当時のポジションはピッチャー。

もっと速い球を投げたい、相手打者を打ち取りたい、という気持ちはもちろんあったと思いますが、2019年に出演した『徹子の部屋』では「自分が投げることでゲームが動き始める感覚が楽しい」と語っていました。

これは、試合を客観的に見て、野球というスポーツの本質を見れている、まさしくピッチャー向きの性格ですよね。

ですが、この少年野球の活動は順調に進んだ訳ではなかったようです。

ぼくは少年野球しょうねんやきゅうちいさなチームにはいっていて、小学しょうがく年生ねんせいときには先輩せんぱいがたくさんいたのに、6年生ねんせいになったときには、6年生ねんせいはぼく一人ひとり。チームとしての活気かっきうしなわれてしまうので、なんとかしたいと頑張がんばっていました。

引用:毎日小学生新聞(2017年8月19日)

間宮祥太朗さんが、6年生になった時に同級生がいなくなったんですね。

しかし、そんな状況でも、何とか唯一の最高学年としてチームを引っ張っていたようです。

 

中学時代

間宮祥太朗さんは、小学校で頑張ってきた野球を高いレベルの学校で続けるために、中学受験をされています。

その中学が、法政第二中学校です。

この学校は、法政第二高校の附属中学で偏差値は64と難関中学に入るレベルです。

しかも、そのままエスカレーター式に上がれる法政第二高校は部活動も盛んで、野球部も甲子園に春夏通算11回出場している強豪校なんです。

野球のために中学受験をしたと語られているので、高校までのルートもしっかりと考えてのことだったんでしょうね。

しかも、中学1年生からレギュラーとして試合に出ていたようなので、実力も確かだったんですね。

ここまでお話をすると、高校も甲子園を目指して野球を続けていたのでは?という感じになりますが、実は中学2年生で野球を辞められているんです・・・。

どんな理由があったんでしょうか?

まさか故障で続けられなくなった?

 

間宮祥太朗が中学2年生で野球をやめた理由

野球への思いと、順調に思えた部活。

何が理由で野球を辞めることになったんでしょうか?

こんな記事がありました。

負けたとか、怪我とかそういう決定的な要因が何かあったわけではなく、わりと順調ではあって。ウチの部活は強豪とかではなかったけれど、人数も多くてそこそこ強かった。そんな中で1年の時に試合に出れたりして順調にはいっていたんですけど。自分と同じポジションに、もう1人同じようにわりと早めに評価されて、引っ張られて試合に出るような子がいて。僕は部活の時間以外に自主練したりするタイプではなくて、野球をやる事自体は好きだったんですけど、他にやりたい事もあったし、友達と学食とかでダラダラする時間も好きだった。でも、彼は朝早く起きてランニングして、学校に来ては部活に支障のないように真面目に勉強して、部活やったらすぐ帰宅して夜はまた自主練というような人間で。野球の実力はお互い認めていたけど、もちろん性格的には相入れなくて。

―それこそ漫画のような、絵に描いたように正反対な2人ですね(笑)。

そうですね(笑)。全然相入れなかった。僕も上手くなりたい気持ちもあるけど、こんだけ野球に時間を使えるということが、そのまま情熱の差なのかなと思って。そこまで自分に情熱がないのであれば、続けている必要もないなと感じて辞めました。

引用:the fashion post(2019年11月12日)

こんな理由で野球を辞めたようです。

実力もあり、上を目指す為に中学受験までして続けてきた野球を、何とも彼らしい決断で辞められているのがわかる内容です。

先程ご紹介した、間宮祥太朗さんの「自分が投げることでゲームが動き始める感覚が楽しい」という

感性にもつながる、物事を客観的に見ることが出来る能力がここでもはっきりとしましたね。

もし、野球をそのまま続け、高校で甲子園を目指していたら、という思いもあるますが、この物事を客観的に見ることが出来る才能が、ドラマや映画などの役柄に入り込める演技力に結びついている気がします。

 

まとめ

今回は、間宮祥太朗 球速139キロは嘘?野球経験や中学で辞めた理由を徹底調査!と題してお届けしてきましたがいかがでしたか?

間宮祥太朗さんが、始球式で投げた球の球速139キロは、嘘ではなく本当でしたね!

野球経験や、中学で野球を辞めた理由についても徹底調査しましたが、野球というスポーツを通して物事を客観的に見て判断出来る能力を身につけられたこともわかりました。

今の自分の立ち位置を把握し、これからの自分を常に見据えている間宮祥太朗さん。

今後活躍がさらに期待されますね!